最上義光歴史館/館長裏日誌 令和6年8月13日付け

最上義光歴史館
館長裏日誌 令和6年8月13日付け
〇 狩野派四代の話
 狩野元信(1477?-1559)については、実は2017年にサントリー美術館六本木開館10周年記念展として大規模な展覧会が開催されており、以下、主にその図録からの受け売りなのですが、とにかくこの人のビジネスセンスというのがすごいのです。
 狩野派というのは、足利将軍家の御用絵師となった狩野正信(1434-1530)を始祖とし、親子血縁関係で代々続く絵師の集団で、幕府の仕事を受けてきた人たちです。この「家系で画業を継いでいく」ということと「幕府の仕事中心」ということが、同時代の琳派と異なる点です。
 狩野家始祖の正信は「筆様制作」という、中国の名家の絵画から図様を借用し組み合わせるなどの方法で描いていました。正信は馬遠、夏蛙、牧谿、玉潤などの中国画を模倣し、画題の前には「(中国画家名)様」とその「筆様」に拠ったことも入れていました。ただし、その原画に忠実であるがため、様式的には統一感のないものとなりました。
 二代目の狩野元信はこれを、真(馬遠、夏蛙)、行(牧谿)、草(玉潤)の「画体」として受注生産する仕組みを構築しました注文内容をカタログ化し、モチーフなどの図柄をパターン化、多くの絵師を抱え工房を構えて作成しました。作画をフォーマット化し、絵師も代替できる仕組みを整えたのです。主となるモチーフを大画様式で描き、それ以外は金箔や金雲で埋めることで、効率的な作成を狩野、いや、可能としました。
 また、正信は中国の名家の画を倣う「漢画」の人であったのに対し、元信は土佐派が主流を担っていた「やまと絵」も取り入れ、和漢両方を使いこなすようになりました。「漢画」系の明快で力強い構図や線描と「やまと絵」系の金泥や濃彩色の和漢融合がなされ、「狩野家は是れ漢にして倭を兼ねる者なり」とも評されました。しかも、元信は土佐光信の娘を妻としており、まるで戦国武将です。当然、土佐派との交流もあったそうです。
 戦国時代の武将が「切り取り勝手次第」で領土を広げ、築城していくのに伴い、障壁画や屏風画などの大画面の図画の需要も増加しました。これに狩野派は、シスマティックな態勢で臨み、四代目の永徳(1543-1590)のときに最盛期を迎えます。あの国宝「上杉本洛中洛外図屏風」のあの狩野永徳です。永徳は織田信長や豊臣秀吉に重用されましたが、47歳で亡くなります。過労死であったようです。当館学芸員はふと、「信長や秀吉の注文を断れば、首が飛ぶだろうし…」と漏らしていましたが、いずれにせよ命がけの状況ではなかったかと。
 さて、初代正信、二代元信、四代永徳ときて三代目は?という話になりますが、元信には3人の男子がいて、ただ、家督を継いだのが三男の松永(1519-1593)でして、父とともに活躍したとのことです。川柳に「売り家と唐様で書く三代目」というのがありますが、父の元信は唐様に加え倭様も取り込んでおり、すると松永も「唐様」だけでもなく、もちろん家を売ることもなく、三代目も家業を継ぎ続けた、それだけでも立派ではないかと。息子はあの狩野永徳ですし。ただ、息子の方が先に亡くなっています。
 ところで、ネットを見ていると、三代目は松永でなくその兄の宗信が三代目であり、四代松永、五代永徳としている例もありましたが、狩野家菩提寺の池上本門寺(東京)では、三代松永、四代永徳としてあり、それに従うのですが、驚くのがこのお寺のHPにある3Dでして、歴代の墓の配置がわかるよう墓苑が3DのCGで表され、また、墓のひとつひとつも3Dで観るためのQRコードが付いています。それにしても、墓の3Dマッピングって、なんという発想でしょうか。ちなみに京都にも、狩野派の菩提寺という妙覚寺があり、ちょっとややこしいです。

〇 唯一無比(オンリーワン)の話
 薄(すすき)の屏風で触れたのですが、唯一無比というかオンリーワンというか、とにかく他に類を見ないというものについての評価は、やはり悩ましいものがあります。出所も時代も不明となればなおさらです。専門家に鑑定を依頼するという方法もあるのですが、それはタダでもないわけで、鑑定費用を要求できる材料がないと、「これ、なんかいい感じなんだけど」ぐらいでは、やはり予算措置は無理です。
 実は、当館にもうひとつ、そういう物があって、それは以前、この館長日誌でも取り上げた黒織部の茶碗です。山形城跡の発掘調査で出土したもので、そういう意味では、出所も時代も特定できるのですが、箱もまして箱書きなどもなく、いつ、どこで作られ、だれが所有していたものなのか、全くわからない物なのです。
 この茶碗の見所として、シンプルモダンな市松模様柄というのを掲げているのですが、織部関係の展覧会図録やらネットの画像などをざっと見渡すと、この茶碗のような市松模様だけが描かれているものは見当たらず、通常は市松模様の白地部分になんらかの絵柄や模様が入っています。つまり、この図柄の類似例がないのです。また、織部焼は登り窯で焼くのですが、普通、登り窯は複数の作者が使う共同窯で、作者や注文主を区別するために、品物には彫りつけたり押捺したりする「窯印」(かまじるし)を付けます。必ず付けるとは限らないかもしれませんが、この茶碗には見当たらない。ついでに言えば、高台がルーズな印象で、地肌の色も微妙に違う感じ(クールグレイです)。これらの違いを全て「特別なオンリーワン」である、と評価してよいのやら、悩ましい所ではあります。形とか柄とか、なんかいい感じなんですけどねぇ。

〇 奥行きがない話
 狩野派にしろ、琳派にしろ、屏風画に奥行きがないというのは、どういうことで、それはなぜなのか、ということについて少々。
 まず、奥行きがない、とされるのは単に、西洋画でいう「遠近法」や「明暗法」が用いられていないことによるものです。南蛮貿易によってそのような技法の絵画や版画が持ち込まれるまで、日本にはそのような技法がなく(特殊な遠近法らしきものはあったそうですが)、写生を求めた円山応挙(1733-1795)あたりから遠近法がとりいれられることになったそうです。また、「明暗法」とは、簡単に言うとハイライトや影を入れる手法で、漫画でいう「劇画タッチ」のような感じでしょうか。
 また、なぜ立体的に描かれないのかということについて、とあるブログに、「芸術家が自分の主観のおもむくままに描く “アート” ではなく、建築物の一部を飾る “装飾” だったのである。(中略)要するに “家具” である。彼らは、その “家具” を造形するための「職人」としての自覚をもって制作に励んだ。」とありました。
 確かに屏風は家具でありまして、もともとは風避けよけだったり、間仕切りだったりするわけですが、狩野派の絵師に屏風を頼むのに、よもや風避けだの間仕切りだのに用いる人はおらず、求める役割としてはやはり、部屋を飾り、空間を変えることであろうことは言わずもがなです。
 その際、あまり立体的でリアルだと、関心が寄りすぎたり、画中に入りすぎたりしてしまい、また、作家性が強すぎると、好みが分かれたり、そのものの存在感がありすぎたりしてしまいます。家具は家具らしく、存在をアピールすることなく、しかし、空間を変える機能をもたせつつ、また、何かの自然風景をそのまま切り取ったようなものでもなく、ということに対しての家具職人としての答えが、あのグラフィカルな図柄だったのではないかと。漫画の例で言えば、「劇画タッチの図柄では、どうもなぁ」ということで、「アニメタッチのような、平たい感じがいいかも」ということでしょうか。
 さて、フランスの作曲家エリック・サティの作品に「家具の音楽」というのがあります。そこにあっても日常生活をじゃませず、意識的に聴かれないようにと作られた室内楽曲です。これが初めて演奏されたのは、1920年のとある演劇の幕間の休憩時間でした。ところが演奏が鳴り始めると、観客は自分の席に戻って聞き入ろうとし、結局、大失敗に終わってしまったそうです。BGMそしてアンビエントミュージックの先駆的な作品ではありますが、実際にこの曲を聞いてみると、聞き流すにはいろいろ引っかかりもある曲です。
 では、屏風をアンビエント的なものと捉えてもよいかというと、それもちょっと違うかと。「アンビエント」について調べると、「作曲家や演奏者の意図を主張したり、聴くことを強制したりせず、空気のように存在し、それを耳にした人の気持ちを開放的にすることを目的にした曲」とあり、これを「作家の意図を主張したり、観ることを強制したりせず、空気のように存在し、それを目にした人の気持ちを開放的にすることを目的にした作品」と読み替えると、意味は通じるのですが、そんな目的の屏風はやはり稀かと。そもそも、狩野派やら琳派やらの屏風を論ずるのに、アンビエントを持ち出すことに無理があるのではと。以上、奥行きがない話でした。すみません。
 ところで、まったくの余談ですが、最近のゲームセンターのクレーンゲームエリアに流れているあの、ビート抜きのトランス系BGMは、なんと言うのでしょうか。メロディーらしきものが特になく、ただただ周りの騒音が消えてしまい、ゲーム機だけに意識が向いてしまう、恐ろしいBGMです。ゲーセンに最適化したサウンドスケープとでも言うべきなのか、サティもシェーファーもびっくりです。

2021/08/13 09:00 (C) 最上義光歴史館
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