最上義光歴史館/最上家臣余録 【志村光安 (7)】

最上義光歴史館
最上家臣余録 【志村光安 (7)】
最上家臣余録 〜知られざる最上家臣たちの姿〜 


【志村光安 (7)】


 それでは、進藤・原達は最上家臣の中でいかなる立場にあったのであろうか。〈最上義光分限帳〉を参照してみよう。分限帳には、「高千五百石 原美濃」とあり、同様に進藤但馬は、〈最上家中分限帳〉に知行高八百七十六石と記載されているのが確認される。〈最上義光分限帳〉でも近藤但馬なる人物が同じく八百七十六石の知行高を受けており、進藤と近藤を混同したのであろうか、恐らく同一人物であると推定できる。進藤但馬は、上記の知行を最上氏から受けてはいたが、同時に進藤楯千五百石をも宛行われていたともされる(注28)が確証はない。これら家老達は、本城氏における家老原田大膳や、鮭延氏における庭月理右衛門ら陪臣城主層とは最上家から直接知行を受けているという点で性格を異にしており、城主指揮下にありながらも義光の直臣という側面を併せ持っていたことがわかる。これら進藤等の上司であった志村・新関の各城主達は、最上譜代の直臣層出身の城主であり、鮭延氏ら国人衆出身の城主に比べれば自らの家臣団はごくごく小規模であったと考えられる。これを考慮すれば、進藤らは庄内に移封され、地域支配を行うにあたっての人的資源補強という観点から、義光より与力として派遣された者等であったろうと推定できる。

 さて、これら家老的立場にいた者たちは、庄内を統治する上で如何なる範囲に影響を及ぼしていたのであろうか。まず目に付くのが、先に挙げた亀ヶ崎より「闕落申候弐人之者」に関わる書状群である。前記した原美濃書状を再び挙げる。

   追而、彼飛脚一人、人留無相違御通可有之候、猶々□有かせきの由、
   次右衛門殿申上候、尤各々へもさうたんいたし候 已上

   先日亀崎より走申候故、貴殿御念故、小俣村ニてとらへ申候、
   忝由貴殿へ但馬殿より書状御越候、又大嶋手柄被申候由、
   我等所へも被越候、又大嶋手柄被申候由、我等所へも被仰越候、
   将又村上長老□衆へ、御領分ニ而とらへ申候事、忝由飛脚御越候、
   小俣村へ御人留衆御馳走の由、我等も御年寄中へ申入候、
   其元より足軽衆一人、小俣まてさしそへ候て、
   其自分御馳走忝由可被仰候、又彼使越後不案内之由申候間、
   様子をも御おしへ可然存候、恐々謹言
            原 美濃
   卯月廿六日        頼秀(花押)
       有沢采女殿  
           参(注18)

 亀ヶ崎より逃散した者を越後村上の小俣村で捕らえたことを賞し、また村上の家老衆にその事を謝したこと、そして受け取りに足軽一人を派遣することを報じ、そして不案内であろう足軽の案内を要請したい、というのがこの書状の大意であろう。「小俣村へ御人留衆御馳走の由、我等も御年寄中へ申入候」とあり、原美濃と村上藩の家老レベルで折衝が持たれたようで、また同時に、原は「次右衛門殿申上候、尤各々へもさうたんいたし候」と下次右衛門をはじめ進藤但馬や新関因幡等と相談をしていたことが推測される。下対馬守の居した大山城は川南の要衝であり、下対馬守は配下を鼠ヶ関・小鍋・関川の三道の守衛として置いていたというから(注29)、越後への往還に関する案件は大山城の管轄であったのだろう。原美濃は、領内で起きた逃散を取り締まり、その事後処理を他藩の者と折衝する公的権力を下対馬守に代わって行使できる立場にあったとみてよい。

 また、進藤らが司ったのは領内の警察権のみではなく、民政にもその範囲は及んでいたようである。前掲した北館大学へ対する年貢覚は両名の連署であるし、慶長十三(1608)年十二月には進藤但馬が雑税の徴収を管轄している(注30)。ただし、城主が志村光惟に代わってからは、租税の徴収の管轄は酒田商人の永田勘十郎が行っているようである。また、慶長十九(1614)年には原美濃が加茂に新設された新岡町の諸役を三ヵ年免ずることを同町肝煎に通達している(注31)。
<続>

(注28) 『庄内人名辞典』(庄内人名事典刊行会 1986)
(注29) 『山形県史 巻1』(山形県 1973)
(注30) 「永田文書」進藤但馬請取状、ただし、城主が志村光惟に代わってからの租税の
徴収は酒田商人の永田勘十郎が行っているようである。
(注31) 「鶏肋編所収文書」原美濃書状(『山形市史 史料編1 最上氏関係史料』)


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2010/07/29 15:47 (C) 最上義光歴史館
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